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『悲しみの秘義』

「読むことは、書くことに劣らぬ創造性を持つ」とは本書の言葉であるが、まさにそのことを実感する一冊だ。
本は読まれることによって完成する。
本の価値は相対的であるが、読者本人と本との間には、普遍的な創造的価値が生じるものである。

本書をひらくと、静寂が身を包み、ゆっくりと時が流れていく非日常的な空間が広がっていく。
そのしっとりとした時間のなかで、あなたはなにを思うだろうか。
日々に追われ、心にゆとりがなくなっているとき、本書は静かな時間のなかで、人生を俯瞰する余裕を授けてくれるだろう。
あなたが悲しみに暮れるとき、そっと寄り添ってくれるだろう。

悲しみを題材にした二六編のエッセイは、人生の御守りのよう。
これから先、何度読み返す日が来るだろうか。
その日が来ないことを願いたい。
しかし、悲しみの先にしか見れない地平があり、新たな「わたし」がいる。
人はみな、悲しみと共に生きている。忘れたのではない。
悲しみに新たな生を見出し、共に生きていくのである。

日本人は古来から歌をよく詠んだ。
やるかたない想いは歌にのせて、あらたな生を育んでいたのかもしれない。
人はみな心のなかに詩人を飼っている。
ふだんはひっそりとたたずみ、沈黙すると、静かに語り出す。
そんな詩人を誰もが胸に宿している。
声にならない言葉は、詩となってはじめて私に語りかけてくるものだ。
内なる声は、文字という叫びになって私に私を思い出させてくれる。
本書は静かにそれを教えてくれる。

(株式会社梓書院 前田 司)

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