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107.『字のないはがき』

絵本は季語をもっている。思い出す季節や景色から、読みたくなる時があるのだ。
その中で八月に読みたくなる絵本の一つに「字のないはがき」がある。
昨年の夏にみつけ、ぜひ紹介したいと思ったものの、結局昨年は書けなかった。
この紙面に届けたのは『一〇〇年たったら』。
しかし、また一巡して、この名作を伝える時がやってきた。
やっと紹介できる一冊だ。
作家向田邦子さんと、その家族の戦時中の実話をもとにした絵本。

戦争が始まって、食べるものも手に入りにくくなり、暮らしが激変する。
とうとう爆弾も投下され、家も家族もなくなる人も増えていくその年の四月。
子どもたちも疎開することになった。
幼いからと両親のもとにいた、四人姉妹の邦子さんの一番下の妹も、いよいよ送り出さなければならないときが来たのだ。
両親は心をこめて支度をする。
その中に宛名を父親が丁寧に書いたはがきの束がある。
まだ字の書けない小さな妹に「げんきな日は、はがきに まるをかいて、まいにち いちまいずつ ポストにいれなさい」(本文から)と渡したものだ。
こうして家族の愛情も一緒に、疎開地へ出発した妹からのはがきは、一週間後に届く。
そこには、はみ出すくらいのおおきな赤い〇が見える。
待ちに待った安どの便りだ。

しかし、次の日、急に小さな黒い〇に変わり、そこから、どんどん小さくなって、とうとう×になり、ついにははがきも届かなくなった。
しばらくして、母親が迎えに行くことになる。
狭い布団部屋に風邪だからと寝かされていた妹は、ますます小さくなって帰ってきた。
迎えに出た父親は声を荒げて泣いた。
やがて戦争は終わる。

絵は、小説家でもある西加奈子さんが手がけている。
ご自身でも個展も開くくらい画才のある人。
この絵本も彼女らしい黒のクレパスで太い縁取りがしてある。
ためらいのない強い線。
何色も使って塗りこめられた背景の上に描かれている。
ページごとに変わる色は、妹の気持ちだろうか。
この時代に生きる哀しさがずんと伝わる。
そして何よりも、クレパスで荒く塗り残した白いキャンパスの生地が、雨に濡れたガラス窓のように見えてしまって、本当に切なくなる。
この絵の上に、「八日目の蝉」の角田光代さんが絵本に書き下ろした物語を書いているのだ。
胸が熱くなるにきまっている。

人類は何度、危機を乗り越えただろう。
今、私たちは戦っている。
力強く優しく生きていくことを忘れないために、八月に贈る絵本としたい。

有限会社ウーヴル(https://oeuvre.jp/
代表取締役 三宅 美穂子

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