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第56回 心ひとつの持ち方、考え方次第で、 幸せにも不幸せにもなれる

生きてこれたことの証

今年のお盆が格別に暑く感じられるのは私だけであろうか。
情報では今現在の気温が三三℃、確かに三三℃でも十分高温ではあるが、体感的にはもっともっと暑く感じる。
外を歩いている人も心なしか少ないように感じる。

さて、本日八月一五日は終戦記念日でもある。
戦後七五年、戦後生まれが八割を超えたそうだ。
私自身、社会的には第一線を引いた、昭和二九年生まれの六六歳であるが、それでも戦後の生まれである。
七五年前すでに物心つき、今その時の戦争体験を語れる人、七八歳以上は、これから先どんどんと少なくなるばかりである。
このことはある意味大変良いことでもある。
七五年間にわたり、我々は戦争の無い平和な世界で生きてこれたことの証でもあるからだ。

争い方の変化

ところが、喜んでばかりはおられない。
なにも人を殺すための武器をもち、鉄砲の球が行き交うばかりが戦争ではない。
今の世の中を見渡すと、直接武力を行使して生命を脅かす行為は無いとしても、一昔前まで考えられなかったような大雨や地震などの自然災害、人心のみだれによる小さな諍い、また、エゴをむき出しにした国家間の争い等々、これもある意味の戦争であるかもしれないと思う。
むしろ武力行使を伴う戦争は、勝ち負けがはっきすれば終息し、復興の大変さはあるにしても、やがて戦争の無い平和が戻ってくる。

それに比べ、上で述べたような、我々が今遭遇している戦争は、戦争という意識自体乏しく、さらに恐ろしいのは、いつ終わるとも知れないところである。
人間の欲は際限が無く、したがって人間の欲に基づく争いは果てしなく続く。
また自然の驚異は我々の想像をはるかに超えるところにあり、人類が破滅するまで、実は戦争状態にあることに気づかないのではないかとさえ思われる。

鮮明に残っている記憶

話は変わるが、昔も夏は確かに暑かった。水泳が好きな私は、当時小学校にプールがなかったことから、朝から晩まで近くのクリーク(今思えば、農薬の空瓶が浮かぶ非常に汚い危険な場所であった)で泳いでいた。
中学になると、早速水泳部に入り、そのまま、高校、大学と好きな水泳を一〇年間続けた。

なぜ今そのようなことを話すかというと、お盆過ぎのプールは、泳いでいるときはそうでもないが、一旦プールから上がると、とてもとても寒く感じられ、またプールに入るのをためらうほどに寒く感じられたからである。
正確な記憶はないが、水泳部は、確か五月ころから泳ぎ始め九月一杯くらいまで泳いでいたように覚えている。
ある年などは、一一月三日に試合が予定され、その日まで温水施設の無い外のプールで練習をしたこともあった。

お盆過ぎの気温と、五月あるいは九月の気温は、当然お盆過ぎの方が高いのであるが、五月や九月の寒さより、お盆明けのプールのあの寒さと、天高く秋の気配を感じさせる青空が、五〇年たった今も私の記憶に鮮明に残っている。

寒い時期から暖かい時期への変化の時は体が寒さに慣れており、さほど寒さを感じない。
一方、暑い時期から涼しい時期への変化の時は、体が暑さに慣れているから余計に寒く感じるのであろうか。

心の持ち方、考え方

要は、物理的な事実よりも、人間は、その前後との比較で、暑さや寒さを感じてしまうのであろう。
これは、ちょうど、給与が三〇万円だった人が五〇万になると嬉しく感じるのに、給与が一〇〇万だった人が五〇万にダウンしたときの気持ちが、同じ給与五〇万円でもまったく異なるのと似たところがあるように思う。

であれば、私たちは、如何なる悪い境遇、また劣悪な社会的環境にあっても、心ひとつの持ち方、考え方次第で、幸せにも不幸せにもなれるように神様によってプログラムされているのかもしれない、そのように思った。

加藤合同国際特許事務所
代表・弁理士 加藤 久

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