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JR九州の躍進をけん引したトップが語りかける 『逃げない。』に学ぶリーダー学

JR九州会長の唐池恒二氏は昨年11月、リーダー論について著わした『逃げない。』を出版した。
唐池氏は、博多—釜山間で高速艇「ビートル」の航路開設を果たすとともに、大幅な赤字だった外食事業部を3年で黒字化へ導くなど、組織のリーダーとして数々の実績を上げ、多角化戦略によるグループの成長を支えてきた。
鉄道事業でも観光列車や豪華列車「ななつ星in九州」などヒット商品を連発し、新たな鉄道の魅力と可能性を開発、2016(平成28)年には上場も果たした。
『逃げない。』は唐池氏が自身の経験を基に書き下ろしたリーダーの指南書ともいえる。
出版の経緯から『逃げない。』に込めた思い、これからの時代に求められるリーダー像などについて聞いた。

 

リーダーを目指す人に向けて

―唐池会長は『やる! 唐池恒二の夢みる力が「気」をつくる』(2014年)、『鉄客商売』(2016年)、『新鉄客商売 本気になって何が悪い』(2017年)、『感動経営』(2018年)など、ご自身の体験を元にした本を出版しておられます。
そして昨年11月には、トップやリーダー(以下、リーダー)に向けたビジネス書『逃げない。』(PHP研究所)を出版されました。
タイトルから非常に強いメッセージを感じる本ですが、まずは同書出版の経緯から聞かせてください。

唐池 2018年に上梓した『感動経営』で執筆活動は終わりにしようかと思っていたのですが、昨年の春の人事異動で昇進した部下が挨拶に来た際、「リーダーとして読むべき本を教えてください」と相談を受けました。
そこで、彼に読んで欲しいと思った本を渡したのですが、振り返ると私は社内で講演をすることがほとんどありませんでした。
社外では年間30回ほど講演を依頼されます。主に東京や名古屋、大阪からのご依頼で、福岡で講演するのは稀です。

そのため、わが社の社員の多くが私の話を聞いたことがありません。
我が社のリーダーたちやリーダーを目指す人に向けて、自分が経験したこと、感じたこと、学んだこと、身につけたことを語り伝えなければいけないということを改めて意識しました。
そこで、昇進した部下や社員に役立ててもらいたい、さらに、社外のいろんなリーダーを担う人の役にも立ててもらえればと思い、今回の執筆に至ったわけです。
読みやすいようにと思い、語り口調で書きました。

―まだ出版されたばかりですが、読者の方からはどのような反応がありましたか。

唐池 経営に携わるリーダーの方々から感想文などを頂戴しました。
「この本は若い頃に読んでおきたかった」とか「次の時代を背負う部下たちに読ませたい」といったものが多く、なかには「毎日の朝礼で、本の内容をテーマに話をしている」という方もいらっしゃり、感謝しています。

 

トップは自分の言葉で語る

―さっそく拝読しました。
多くの方々に読んでいただきたい内容ですが、リーダーとしての考え方や組織をまとめる内容が具体的に書かれていることから、組織や職場のリーダーには特にお勧めしたい内容です。
ご自分の言葉で語りかけられているので、メッセージがストレートに伝わってくように感じます。

唐池 トップは自分の言葉で語らないと本気度は伝わらないというのが持論です。
私は、自分が発するメッセージは自分で原稿を書くことを信条としています。
例えば、社長時代は毎月、社内報にメッセージを掲載していましたが、原稿は100%自分で書きました。
それから、年度初めや年頭のあいさつ、会議でのあいさつも事務局や担当部署に任せることなく、全て自分で下書きから原稿まで書きます。

―著書では、リーダーが夢を語る大切さも語っておられます。
自分の言葉で夢を語り、それを共有することは大事なことだと思います。
一方、社員が仕事で疲弊してしまい、トップと同じ夢を追いかけられなくなっている組織も散見されます。
むしろ、そうした組織の方が多いとも感じます。
唐池会長は、リーダーが描いた夢を部下も一緒に追いかけるような企業風土をどうやって作り上げてこられたのですか。

唐池 トップは夢を語ることが大事ですが、夢を語り始めた時はまだ、その気になる人はほとんどいません。
外食事業を任された時に、大赤字を黒字にしようと何度も呼び掛けた時は、すぐに皆が本気になってくれましたが、あの時は皆も危機感を抱いていたので私の本気が伝わったのだと思います。

ところが、「東京に店を出そう」とか「ななつ星in九州」をやろうといった時は皆、ポカンとしていましたよ。
店長会議で「東京に出よう」といっても、みんな自分が動くわけではないですから、「そんなこと出来るわけがないじゃないか」と冷ややかにみられていたように感じます。
しかし、実際に東京で物件を探し、だんだん店ができていくと「うちの社長は本気なんだ」と思うようになる。
実際に手掛けて出来上がっていくと、その段階から彼らの夢にもなっていきます。

ななつ星の時もそうでした。
「世界一の豪華寝台列車」という夢に、最初は皆が反対しました。
しかし、実際に準備をはじめて計画が現実になっていくと、「世界一」という響きに皆がワクワクし始める。
夢は語るだけでは夢のままですが、夢に一歩ずつ近づいていくと皆が自分の夢として本気になってくれます。

 

人事で本気度を伝える

―夢を伝え、社員が本気になるために欠かせないものは何ですか。

唐池 夢はすぐに実行できる目標に置きかえることが大事です。
目標を具体的な計画に置き換えたら、夢が「実現可能なみんなの夢」になります。
部下は、夢を語るだけでは納得してくれません。
大きな目標と具体的な計画にして見えるようにし、実際に準備を進めだすとみんなの夢になります。
スピードに加え、リーダーが自ら動いて行動で示すことも部下を本気にするために必要です。

ソフトバンクグループの孫正義さんも創業時、社員に向かって5年後に100億、10年後に500億、30年後には豆腐屋のように売上を1丁(兆円)、2丁(兆円)と数える企業になるという話をしましたが、その時に孫さんの話を本気にした社員はいなかったそうです。
しかし孫さんは毎年、着実にそれを現実のものとしてきた。
そうなると、社員が本気になっていくわけです。

トップやリーダーは、部下から本気度を見られています。
部下や仲間は、リーダーを立てているようで半信半疑なところがあります。
リーダーやトップは移り気だからです。
今日はこんなことを言っても、明日は違うことをいっているかもしれない。
部下や周りの人はそれを見定め、本気だと受け止めた時に動き始めるものです。
本気を示すのは行動です。
本気を示すのは具体的な計画であり人事です。
これで、本気度が見えます。
部下や周りは、「トップは本気なんだ」ということが伝わったら動きますよ。

 

2メートル以内で話すと必ず伝わる

―人事とは、責任者の選び方ですか。

唐池 例えば、新しい事業を興すときに誰を責任者にあてるかを皆、凝視しています。
私は、「新規事業にはエースを持っていくように」といつも言っています。
新規事業にエースを持っていくと、周りの人間が本気度を理解します。
エースではない人を持っていくと、「会社が本気ではなさそうだから、適当に協力しておくか」と思うものです。

2010年から農業に参入しましたが、初代社長に就いたのは本社の人事部長です。
みんなは、この人事を見て「これは本気だな」と思ったはずです。
ところが、少し暇そうな人をもっていくと、「農業はそんなものか。本気じゃないんだ」と思うわけです。
ですから、誰をリーダーにするかで、社員の本気度も決まります。

―愛情をもって部下の方々に接しているということも本から伝わってきました。

唐池 物理的な距離を縮めると、必ず心が通じるという信念を持っています。
私は、それを2メートル以内と考えています。
300人、500が人集まった会議室や会場で喋っても、その一割も心に残らない。
しかし、2、3人を相手に話していると、自分の喋っていることは必ず伝わります。
1対1だともっと伝わる。
それを2回、3回と繰り返せば必ず同じ考えになるものです。

―オンラインでは難しいですね。

唐池 ズームなどオンラインのいい点はあります。
しかし、例えば住宅という一生に1度ともいえる高額な買い物がオンラインで成立するかというと難しいと思います。
住宅の機能、品質が優れていても、それを進めるセールスマンの信用が重要な判断材料になるからです。
いかにカタログや現物を見ていいと思っても、そのセールスマンが信用できなければお客さまは買うことを決断しません。

オンラインはもっと大きく、広く、交渉するといった時に力を発揮しますが、重要な商談は、最後は対面でやらないと思った成果を上げるのは、なかなか難しいと考えています。
コロナ禍で1年や2年は、オンラインでの商談などが広がるでしょうが、どうしても説得しなければいけない話や重要な商談などで、対面せずに説得できるかというと私にはあまり自信が持てません。

 

リーダーに必要なのは真摯さ

―コロナ禍で先が見えない時代ですが、これからのリーダーに必要なものを1つ挙げるとすると何だと考えますか。

唐池 本の最終条に書きましたが、真摯さだと考えます。
逃げないというのは、真摯さの裏返しです。
実は、この本を書き始めた頃は、リーダーの10カ条ではなく8カ条としていました。
書き進めるうちに、編集の方と「やはり、リーダーは逃げたらいかん」という話をするようになりました。
担当の方からも、「逃げないは、いい言葉ですね」という後押しをいただいたことから、「逃げない」で1条をおこし、最初の条としました。

第1条を「逃げない」としましたから、「真摯さ」で終わると本として完結する気がして、最終条の第10条を「真摯さ」としました。

―リーダー学を学ぶ人にはぜひ、読んでほしい本だと思います。

唐池 どの段階のリーダーでもいいと思います。
部下が3人のリーダーにも当てはまると思います。
1万人いるリーダーでもいいですよ。
まちづくりのリーダーでも。
ひょっとしたら、運動部のキャプテンでもいいかもしれません。

―愛嬌と強運の重要性についても語られていますが、私もこれまで経営者を取材してきたなかで、リーダーに欠かせない資質として愛嬌や無邪気さがあると感じています。

唐池 愛嬌やユーモア、遊び心、お茶目さといったものはリーダーに必要な資質だと思います。
本にもジョークを四つ入れました。
リーダーには、遊び心、ユーモア、お茶目さが必要だということを、暗に伝えたかったということもあります。

 

よきリーダーになるためにはリーダーを経験せよ

―若いリーダーたちに一番伝えたいことは何ですか。

唐池 やはり、「逃げない」ということです。
リーダーになる前やリーダーになった頃は、逃げないことは当然だと思うものですが、実際に修羅場に立つと逃げたくなるものです。
リーダーになると逃げたくなる時が来る。
その時に、多くの人が逃げる。
そこで逃げないという気持ちが大事だと思います。

第1条で、良いリーダーになるためにはリーダーを経験することだ、と書きました。
リーダー学は、本で学ぶことよりも自分でリーダーになることが一番の学びになります。
その時に、正しいリーダーの在り方を学ぶためのポイントは逃げないリーダーであるかどうかだと思います。

―そのリーダーの姿を周りの人が見ていますから、その人たちの学びにもつながるのでしょうね。
近年、事業承継で悩んでいる経営者が多いようです。
後継者を選ぶ際、逃げないということも基準になりますか。

唐池 逃げないということはリーダーに共通して必要ですが、どのリーダーを後継者とするかは時代や会社や組織の事情によって異なります。
災害や様々な混乱が起きるような時代と、平和で大きな災害や変化がない時代では求められるリーダーのタイプが違うように、その時代が乱世といえるような時代にあるのなら、組織には強力なリーダーが必要です。
平時で管理型のリーダーが求められるのであれば、管理型のリーダーを選ぶでしょう。

―今は、コロナ禍で先を読みづらい時代です。
これからの時代は、どのようなリーダーが求められると考えますか。

唐池 管理型ではないでしょうね。
自分で決断し、どんどん皆を引っ張っていく、そういう人が求められます。
理屈に走って小さくまとまるのではなく、逆境を乗り越える力は、もって生まれた人間力のようなものかもしれませんが、理論重視ではなく自ら行動することで体得するものではないかと思います。

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