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風に舞う羽根のように生きる

 

15年ほど前になろうか、私は、本業の特許事務所の運営の傍ら、特許事務所のお客様の事業化支援のお手伝いをしていた。

 

大手企業なら兎も角、発明を事業化するのは、中小企業にとって至難の業である。
権利化した多くの発明が世の中に役立っていないことから始めたことであった。
そのおかげで、いろんな人にも出会うことができた。
その1人が「合田周平」氏である。

 

合田氏の「加藤さん、そんなに気負わすに「風に舞う羽根のように生きることですよ」との助言が、今も何かにつけ私に語り掛けてくる。

 

ご存知の方もあると思うが、合田氏はシステム工学の権威であり、一方で作家としても著名な方で、数々の著書を残されている。
本田宗一郎氏とも深い親交があった。

 

その合田氏との出会いもまた奇妙で、当時合田氏は北九州市の第三セクタの理事長をしておられ、そこで商標関係のトラブルがあり私が呼ばれた事に始まる。
その時は、合田周平なる人物がなにものか知る由もない。

 

ひとしきり商標対策の話をしたあと、ふと理事長室の書棚に目をやると、中村天風に関する数冊の本があった。
当時私は、中村天風に心酔し書籍も何冊も読んでいたので、偉そうに講釈を垂れた。
終わると、合田氏が、「君はなかなか思白いひとですね。この本は全て私が書いたもので、天風会の会長をしています」と。
私はただただ恥じ入るばかりであったが、その後、縁あって天風会の理事を拝命した。

 

合田氏とは、「テラヘルツテクノロジー」の事業化支援にも協力いただくことになった。
記憶に深くあるのは、台湾での事業化のため、有名な故宮博物館近くにある李登輝総統の自宅を訪問したことである。

 

普通の弁理士としての活動では到底巡り合うことが無いような多くの人とであえたことが、私にとって大きな財産となった。

 

また、東洋思想家・安岡正篤の呼び掛けによって結成された全国師友協会の1つである関西師友協会の会長と出会ったのもちょうどそのころであった。
創業間もないころ、松下政経塾の上甲晃氏の勉強会で、便所掃除で有名なイエローハットの鍵山秀三郎氏と同室で寝泊まりしたこともある。
哲学者、森信三氏の高弟である寺田一清氏との出会いもあった。

 

普通では出会うことが無いような人となぜ出会うことができたのか、私にもわからないが、
「縁尽奇妙」という言葉があるように、良い縁がさらに良い縁に繋がり、それが延々と続いていくことではないかと思う。

 

若いころ、親身になって私のお世話をしていただいていた方に「大変よくしていただき本当にありがとうございます。
ただ、私にはお礼するものがなにもありません」といったところ、
「お礼など要らない。ただ、君が人様を支援することができるようになれば、そのとき私と同じように人の役に立ってくれれば良い」といわれたことを思い出す。

 

早いもので何の成長も無いまま今67歳となり、未だ人様を支援する立場にはないが、できる範囲で1つずつ実行したいと思っている。
その時には、決して気負うことなく、見返りを求めずに、「風に舞う羽根のように」さりげなく自然にやりたいと思う。

 

加藤合同国際特許事務所
代表・弁理士 加藤 久

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